緑慎也の「ビル・ヘイビーっち覚えとって」

科学ライターですが、科学以外のことも書きます。

デジタルヒューマンに血が流れる日

6/8-9、東大駒場リサーチキャンパス公開に行ってきました。印象に残った研究室を紹介します。

 

数年前、CGで作られた臓器を見たことがあります。コンピュータ上で臓器を再現し、病気の診断や医学研究に役立てようという試みでした。しかしこれまでのCG臓器は、仏作って魂入れずというのか、容器だけで中身のない空虚な人工物に過ぎなかったことが、生産技術研究所の大島まり研究室を見学してわかりました。

 

下記の動画は、脳の血流のシミュレーションです。

youtu.be

血管の形状によって、どこにどれくらいの量の血液が流れるのかが変わります。細く、もろい箇所に過度に負担がかかると出血の恐れもある。そういうリスクを予測するために開発されたと研究員の方が説明してくれました。

 

血中の赤血球もモデル化されているんですか? と聞いてみると、上のシミュレーションでは、血液を液体として扱って、その成分の効果は取り入れていないとのこと。その後、研究室の奥に案内してくれて、別の映像を見せてくれました。そこでは拡大された血管の中を赤血球が血管の壁にぶつかりながら変形しながら流れているシミュレーションの映像が大型スクリーンで映しだされていました。血管の長さは1センチ程度だったと思われます。赤血球の運動までモデルに取り込むと、広範囲を扱うのは難しそうです。

 

シミュレーション研究は、どうしてもそのとき利用できる計算資源に左右されますが、より詳しく、細かくなりつつあるのは間違いありません。いずれは赤血球、血小板などが全身の血管シミュレーションに取り込まれることになるのでしょう。

 

ヒューマノイドロボットの研究では、人の骨格や筋肉のモデル化が進んでいます。いずれ各モデルが統合され、血管、骨、筋肉、神経、皮膚を備えたデジタルヒューマンが完成するのでしょう。

 

大島研究室のすぐ近くの酒井康行研究室の研究テーマは、「再生医療や細胞アッセイのための幹前駆細胞増殖と組織化」です。

 

説明してくれた研究員の方によると、iPS細胞を作るとき、ビーズ状の球を円形に回しながらかき混ぜて培養する場合と、同じ球を真っ直ぐ前後に行き来させながらかき混ぜて培養するのでは、細胞の密集具合に違いが出るそうです。同じ薬剤を同じタイミングで振りかけるにしても、そのときの物理的な条件の違いによって結果に違いが出るというのは面白いですね。

 

でも、よく考えると、当然かもしれません。われわれの体はみな1個の受精卵から分裂に分裂を重ねてできあがっているわけですが、生命の初期の段階、胚の中は、ほとんど均一にかき混ぜられた液体に過ぎません。ところが重力があるために、液体に含まれる重い成分は下に、軽い成分は上に移動します。この濃度勾配を手がかりにして、どこにどういう骨ができ、臓器ができるかといったボディプランが決まります。体を作る材料はもとより、体が作られる物理的な条件(この場合は重力)も、発生に重要な役割を果たすわけです。どんなかき混ぜ方をするかで細胞培養の結果に違いが出るのも不思議ではありません。

 

同研究室では、他に、腸の蠕動運動を模した実験系を紹介してくれました。腸は周期的に縮んだり、伸びたりする蠕動運動をしています。これを物理的に再現し、実状に近い環境で、薬剤の効果を調べるためのものとのことです。

 

デジタルヒューマンにせよ、医学研究に用いる実験系にせよ、一歩一歩、リアルに近づいていることがよくわかりました。(つづく)