緑慎也の「ビル・ヘイビーっち覚えとって」

科学ライターですが、科学以外のことも書きます。

意識の再定義

6月10日、東大駒場リサーチキャンパス公開の2日目。10時に開場するや真っ先に先端研13号館地下に向かいました。ちょっとでも遅れると長時間の行列待ちが予想されたからです。運良く、お目当ての廣瀬通孝研究室のVRシアターに一番乗りを果たしました。

 

体験者は頭部にヘッドマウントディスプレイと、片手に触覚グローブを装着します。その上で、1辺50センチ程度の正方形の机の端に手を置いてなぞりながら周回します。

 

もしヘッドマウントディスプレイも触覚グローブもなしに、机の端を触りながら1周すれば正方形の4頂点を通過するたびに4回曲がったという感覚を得ます。当たり前ですね。

 

ところがこの展示で、体験者の私が見せられるのは、正方形ではなく、三角形の机です。したがって実体(正方形の机)と、視覚情報(三角形の机)に齟齬が生じます。しかし、私が机の周りを動き、頂点で曲がるタイミングと映像を同期させ、適切なタイミングで触覚刺激も与えることで、正方形の机をあたかも三角形の机として体験することを可能にしているのです(と思います。正直、触覚グローブの役割はよくわかりません)。同じ手法で、五角形の机も体験しました。

 

似た手法で、限られた空間を、広く、複雑な空間に感じさせるシステムも廣瀬研究室は開発しています。

 

「視触覚相互作用を用いたリダイレクション」

youtu.be

 

視覚の疑似体験だけが、VRではないということが廣瀬研の研究プロジェクトを見るとよくわかります。

www.cyber.t.u-tokyo.ac.jp

 

話を戻します。ヘッドマウントディスプレイを外すと、高校生たちであふれかえっていました。一番乗りで大正解。この大人数に呑みこまれていたら数十分は無駄にしていたでしょう。高校生の団体さんは、友だちと一緒だから待つ時間もそれなりに楽しく過ごすのでしょうが、こちらにはそういう精神的余裕がありません。前日、オープニングセレモニーで、渋滞学の西成活裕教授が仰っていた渋滞解消の鉄則「ファストアウト、スローイン」(渋滞を抜け出るときは素早く、渋滞に入るときはゆっくり)に従い、そそくさと部屋を出ました。

 

次に向かったのは先端研3号館の稲見昌彦教授らが立ち上げたLiving Lab Komaba。こちらも混雑が予想されましたが、意外にも人は少なめで、物体をテキストに置きかえて表示するシステム、棒の端にドローンを2台取りつけて重さを疑似体験させるシステム、光学迷彩などをスムーズに体験することができました。しかし、足でロボットアームを操作するシステムは3人ほど待っている人があり、1人あたりの体験時間も長いので、スローインすら諦めギブアップ。

 

稲見研の光学迷彩は、入射した光を散乱させずに真っ直ぐ返す再帰性反射材と、固定したハーフミラーを組み合わせて、背景の映像を再帰性反射材に重ねてみせる、したがって後ろが透けて見えるというものです。固定されたハーフミラーは一つだけでしたが、これを二つにして両目に違う映像を見せる、つまりヘッドマウントディスプレイ的な使い方ができるのでは?と研究員の方に(偉そうに)提案してみたら、「それは稲見先生が修士論文で提案した方法です」とのこと。恐れ入りました。

 

稲見研のスローガンは「自在化」。ロボット、拡張現実、テレイグジスタンスなどを応用して、人間が意識的に行うこと、あるいは無意識的に行うことまで、機械が先読みして身体機能を拡張する技術を自在化技術と名づけています。以前、稲見教授を取材したとき、野暮とは思いつつ、人間の無意識レベルの行動まで機械がサポートしてくれるようになると、人間が意識して行うことは何もなくなって、堕落するようになる、そんなディストピアが訪れるんじゃないかといった質問をしたことがあります。そのときのお答えは「意識はなくなるのではなく、意識の定義が変わるでしょうね」というもの。機械のサポートによって意識が劣化するのではなく、逆に拡張する、そうして新たな人間の意識が定義されるというわけです。稲見教授の目に私は、眼鏡をかけると人間はダメになるとか恐れる中世の人に見えたかもしれません。

 

稲見ラボでは、脇坂宗平さんにも再会することができました。脇坂さんに会うのは、藤井直敬著『拡張する脳』(新潮社)の構成のため、藤井さんに取材を重ねていたとき以来。藤井研からの持ち込み研究SR(Substitute Reality=代替現実。ヘッドマウントディスプレイと360度カメラを組み合わせ、360度カメラを通して現実をCGとして見せる技術)を発展させているとのこと。こちらも楽しみですね。