『ワンダー 君は太陽』と吉田勝二さん
昨日、池袋シネマ・ロサで映画『ワンダー 君は太陽』を見ました。
主人公は先天性の障害のため、顔が「普通（ordinary）でない」少年オギー。家で母親の自宅学習しかしてこなかった10歳の彼が、小学校に中途入学するところから話ははじまります。
自分の顔は醜い。他の子どもたちと違う。自分は学校で受け入れてもらえるんだろうか。不安でいっぱいのオギーを、両親は励まします。あなたの顔は可愛いし、内面が輝いている、きっとみんな、あなたを好きになる、と。それに対してオギーは、そんなことが言えるのは親だからだ、と言い返す。とても賢くて、繊細な子なのです。
予想通り、彼は学校で級友から避けられ、ドッジボールをすると自分だけ集中的にボールをぶつけられる。
しかし、いじめっ子ばかりではありません。彼の天性の明るさや理科の才能に魅力を感じ、周囲の侮蔑的な視線もかまわず彼と積極的に親密な関係を築こうとする子供も現れ、彼の境遇は少しずつ好転しはじめます。
この映画に興味を持ったのは、しばらく前にNetflixで視聴した映画『ルーム』で印象的だった子役ジェイコブ・トレンブレイを見るためです。実際、ジェイコブ君の演技は『ワンダー』でも冴えていました。
そのおかげか、私は映画がはじまってまもなく、かつて会った人のことを思い出すことができました。彼もまたオギーのような少年時代を送ったのかもしれない。映画の鑑賞中、そんな思いがずっと頭の中から離れませんでした。
それは長崎の被爆者、吉田勝二さんです。1945年8月9日、13歳のとき吉田さんは爆心から850メートル離れたところで被爆し、40数メートル吹き飛ばされ、田んぼに落下します。プルトニウム爆弾の威力は爆風だけではありません。3000度近い熱線が吉田さんの体を右側から貫いたのです。
長崎原爆資料館に展示してある被爆して1年後の吉田さんの写真を見ると、その右耳がそっくりそぎ落とされ、右頬も焼けただれていたことがわかります。
私が吉田さんに会ったのは、1996年です。被爆者の話をうかがいたいと長崎原爆資料館に手紙を書き、数人紹介していただいたうちの一人が吉田さんです。
吉田さんも、『ワンダー』のオギーと同じく、変形した顔が恥ずかしく、長い間、外出することができませんでした。外を歩けば周囲の視線を集める。銭湯に行けばじろじろ見られた挙げ句、周囲の人はいつのまにか出て自分一人残る。鏡を見てはいつも泣いていたそうです。
悲惨な話です。でも、吉田さんは自分の体験を実にあっけらかんとした調子で話すのです。『ワンダー』に、友人から「整形しないの？」と訊かれたオギーが「もう何度も整形したよ。かっこいいでしょ？」と答えて笑いを誘う場面があります。一方、吉田さんは、いつもこんな台詞で、自分の顔をネタにしていました。
「原爆に遭う前は、キムタクのごた（ような）顔をしとった」
アメリカへ講演に行ったときはデカプリオ。吉田さんの被爆前の顔を知る人は誰もいないのをいいことに、整形前の顔をイケメンにイメージ操作するという逆転の発想です。
私は吉田さんの明るい人柄に惹かれながら、あんなに辛い体験をした人がこんなふうに明るくなれるものだろうか不思議でした。その疑問の一端が『ワンダー』を見て、少し解けたような気がします。ジュリア・ロバーツ扮する母親は、オギーが弱音を吐いたとき優しく耳を傾けながらも甘やかさず、オギーを何度も鼓舞します。いくつも試練を乗り越え、オギーは仲間とともに強く生きる力を身につけていきます。母親に励まされたから自分は自殺しなかったと語っていた吉田さんも、オギーのような試練を体験したのだろうと思います。
吉田さんは2010年4月にお亡くなりになりました。享年78歳。その次の年、長崎市に出張する機会を利用して、吉田さんのご自宅を訪ね、線香を上げました。迎えてくれたのは地元の中学校で英語教師をされている長男の尚司さん。
1996年のインタビューでは吉田さんから尚司さんに関するエピソードも聞いていました。尚司さんが小学生のとき、運動会の昼休み、周囲の子供の一人が「わいの父ちゃんはなんかバケもんのごとある」とはやし立てた。吉田さんがうつむいていると、尚司さんが「おいの父ちゃんは原爆に遭（お）うたんたい」と言い返したそうです。この話を尚司さんに振ると、「そんなこと言いましたかね。でも、父の印象に残っていたんでしょうね」とのこと。
オギーと吉田さんの顔が「普通でない」事情は異なります。でも、二人の明るい性格や彼らを取りまく人々の温かさには共通点があるように思います。
