緑慎也の「ビル・ヘイビーっち覚えとって」

科学ライターですが、科学以外のことも書きます。

AIと行政

週刊新潮」2018年5月17日号の「ワンフレーズ遺伝子 小泉進次郎推奨の"ポリテック"評価表」という記事に対し、私は、小泉氏の想定している政治にAIを導入せよとの提言はスケールが小さいという趣旨のコメントを寄せました。

しかし私はこれまで「AIと政治」あるいは「AIと行政」といったテーマで取材した経験はなく、ろくに実状を知らないくせに偉そうにコメントしてしまったことに多少の後ろめたさを感じていました。

そんなとき近所のスーパーの入口付近で街頭活動していた新宿区議の榎秀隆議員から渡されたチラシに目を奪われました。そこに榎議員が「AIの発展は急加速度的で目覚ましく、(略)全国の自治体では、作業効率向上の為に、AI導入の検討が進められています。新宿区におけるAI活用に関して現状の認識と新たな取り組みに関してどのようにお考えかご見解をお示しください」と定例会で代表質問した旨、記されていたからです。

区民でもあるし、せっかくだから区議の話を直接聞いてみよう。そう思いたち、メールで連絡を取りました。で、昨日、新宿区役所に行き、新宿区のAI活用の現状について伺いました。

AI活用をどんどん推進すべきという意見が聞けるのだろうと予想していたのですが、「最先端技術の導入には慎重であるべきです。AIが本当に正確なのか、まだ明らかではありません。今は研究段階」と榎議員。

AI技術者やAIベンチャーの経営者などへ取材すると、彼らの立場上当然ですが、みなさん「日本の取り組みは遅い。もっと積極的にAIを取り入れないと、世界に遅れる」と仰います。私もその通りだと思っていたので、どちらかというとAI導入に慎重な榎議員に最初は戸惑いました。

しかしいろいろお話をさせていただくと、たしかに慎重さも必要という気もしてきます。最近のソフトウェアは一刻も早く公開して何か問題が生じたり、機能を追加したりするときはアップデートで対応するアジャイル型開発が一般的ですが、行政サービスには向かないかもしれません。企業と自治体ではリスク評価の仕方が違いますから。中途半端なAIの活用は、セキュリティーリスクを高めます*1

榎議員は、取材の途中で、「自分はあまり詳しくないから」と区役所の情報システム課長さんを呼んでくれました。課長さんによると、他の自治体の取り組みを様子見ている状況で、本当にメリットのある施策は何か見極めているところだとのこと。その中で、さいたま市がAIによる認可保育園に対する入所希望者割り振り業務をAI化させる実証実験にならって、新宿区でも同様の実証実験を行うかどうか検討中であるそうです*2

お二人の話で驚いたのは、「新宿区は貧乏」というお話でした。新宿区には大企業がいくつもあるので財政は潤っているんだろうと何となく思っていましたが、そうではないとのこと。榎議員によると、23区は特別区と位置づけられ、それぞれの税収の一部はいったん東京都に召し上げられた後、各区に再分配されるとのこと。無知なもので、そんな制度があったとは私は全然知りませんでした。仮に特別区でなければ新宿の場合、区民から税金を徴収しなくても法人税だけで財政は回る可能性があるとのこと。新宿区と同じように莫大な法人税が入る千代田区には特別区を抜けだす「千代田市構想」があるそうですが、「他の区が許さない」(榎議員、以下同)とのこと。そりゃ、そうですね*3

榎議員は、AIの導入には慎重ですが、「AI化は時代の流れ。避けがたい」とも言います。趣味の一つが囲碁とのことで、アルファ碁にプロ棋士が負けたときには心底衝撃を受けたそうです。「AIはいずれ感情すらもつようになるんじゃないかと思います」

AI議員も出てきますか、と聞いてみると、「私たちは区民の代理に過ぎません。直接民主制で区民が直接意見を表明して、AIが判断して最適な答えを出すなら、人間の政治家は要らないでしょうね」との答え。

人間の政治家から、人間の政治家はいずれ要らなくなるという意見が聞けるとは意外でした。

*1:ちなみにアメリカでは、2017年、中央情報局CIAがシステムをAmazonクラウドサービスAWSで運用すると発表して「CIAショック」と呼ばれるほど話題になりました。高度なセキュリティー機能を自前ではなく、民間企業に託すというのです。[AWSが米国で起こした二度目の「CIAショック」、政府システムも飲み込む | 日経 xTECH(クロステック)]によれば、CIAはコスト削減のためだけではなく、業務の効率化、高速化のために同サービスを利用するということです。サービスの中には高機能なAIも含まれます。

*2:10人弱で、1カ月近くかかっていた選考作業がAIなら数秒で完了すると見込まれています。省力化、コスト削減の効果が期待されているわけですが、それ以外にもメリットはありそうです。たとえば落選者に、各評価ポイントを細かく点数化して、ここが足りなかったから入所希望が満たされなかったと示せば(AIなら可能です)、選考プロセスの透明化につながります。また、人手ではとても処理できないという理由でこれまで捨てられていたような評価ポイントをこれからどんどん取り入れ、保育園と入所希望者とのマッチングを最適化させることもできるかもしれません。

*3: [特別区長会 都区財政調整制度の概要][イギリスだけではなかった 千代田区も東京23区からの離脱を画策 | THE PAGE 東京]が参考になります。